私たちが目指すもの

施設療育の目的

主体性を尊重し自己実現を図る

教育とは「人間が人間を人間化する営み」である。いかなる人間も可能性を限界づけることはできない。教育とは人間の人間としての育ちのすべてなのである。知的障害児(者)の教育もこの前提に立っている。そして、真の障害児教育の目的は、単なる社会適応を目指すのではなく、その個人の持っている主体性や個性を尊重し、特性や能力を最大限に発展させるように働き掛けることにある。その働きかけによって、子ども自身が主体的に自己にとって必要な事柄の達成に意欲を持って取り組み、自己を拡大させていく。彼らが自己の生存の充実感を志向しながら自己実現を図っていくうようにすることにおかれる。彼らとかかわりを持つ者は、彼らがハンディキャップを持ちながらも、自分の持っている能力を十分に発揮して自分の人生を歩めるよう、また、その過程が自己実現につながるとともに生きることに主体的に取り組む姿勢となるように指導・支援していかなければならない。そのために、訓練や教育、学習を共にしていくのである。

よく彼らに対して、社会適応を図るとか、生活の自立を図るということをいう。それは上述の努力の一部であって、そのことだけに価値のすべてがあるのではない。各人が能力を発揮して一歩前進することに現象的な相違があっても、それが各人の能力の最大限の発揮であるならば、どちらも等しく価値があると見るべきなのである。

知的障害という障害は、現代医学では後遺症として位置づけられるもので、医学的治癒の対象になるものではない。このことをふまえるならば、障害を考慮して、各人が各人なりに十分に力を発揮していると見られるならば、それで十分なのではないだろうか。特に、施設入所の対象になる人たちは、障害が重度のうえ重複しており、家庭処遇ができないで入所してくるのである。この難しさを承知するからこそ、施設は、彼らが単に生かされているという客体としての存在ではなく、生きている主体として生活できる場になるよう努力を重ねなければならないのである。